東京家庭裁判所 昭和43年(家イ)955号 審判 1968年5月07日
岸本徳順こと
申立人 曹徳順(仮名) 一九六三年五月一一日生
母岸本美津こと右法定代理人 曹美津(仮名)
相手方 曹壬寅(仮名)
主文
申立人が相手方の子であることを否認する。
理由
一 申立人は、申立人と相手方との間に父子関係が存在しないことを確認する旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、
1 申立人の法定代理人母曹美津は、もと日本人で、本籍東京都豊島区○○二丁目一一一四番地筆頭者岸本信安の戸籍に在籍していたのであるが、相手方と一九五七年(昭和三二年)二月二日挙式のうえ事実上の夫婦として同棲し、同年八月五日正式に婚姻届出を了し、更に、中華民国の国籍を取得したことにより日本国籍を喪失し、その間の子として同年一二月七日に長女曹美淑を儲けた、
2 ところが、一九六一年(昭和三六年)四月頃より右曹美津と相手方との間が不仲となり、同年一二月頃別居するに至り、一九六二年(昭和三七年)一月に右曹美津の父岸本信安の立会のうえ、右曹美津と相手方とは協議のうえ離婚することになつたのであるが、正式の離婚手続は遅れて、ようやく一九六六年(昭和四一年)二月一六日に離婚届出がなされ、右曹美津は同年四月八日中華民国の国籍を喪失した、
3 右曹美津は、一九六二年(昭和三七年)六月頃から、申立外韓国人山下光男こと張万洙(本籍、朝鮮平安北道○○郡○○○五四三番地)と事実上の夫婦として同棲し、その間の子として申立人が一九六三年(昭和三八年)五月一一日に出生した。
4 右曹美津は、同年五月二七日東京都新宿区長に対し申立人につき自己の非嫡出子として出生届をしたところ、前記の如く、当時未だ相手方との正式の離婚届出がなされていなかつたので、相手方との間の嫡出子としての推定を受けるため、同年一一月九日申立人は相手方との間の長男である旨の追完届出を了した。
5 しかしながら、前記の如く、申立人は、曹美津と張万洙との間の子であり、曹美津と相手方との間の子でなく、申立人と相手方との間には父子関係が存在しないので、これが確認を求めるため、本件申立におよんだ
というのである。
二 本件について、昭和四三年五月七日に開かれた当裁判所調停委員会の調停において、当事者間に主文と同旨の審判を受けることについて合意が成立し、かつ、その原因たる事実関係についても争いがないので、当裁判所は、本件記録添付の申立人の外国人登録済証明書、中華民国駐日大使館作成の曹美津の中華民国の国籍喪失証明書、申立人の出生届および追完届の各記載証明書ならびに申立人法定代理人曹美津、相手方および張万洙に対する各審問によつて、必要な事実を調査したところ、申立人主張の一の1ないし4の記載どおりの事実をすべて認めることができる。
三 さて、まず本件において、申立人も相手方も中華民国の国籍を有し外国人登録をしているが、申立人は埼玉県内に、相手方は東京都内に、それぞれ住所を有しているので、わが国の裁判所が本件について裁判権を有し、かつ、当裁判所が管轄権を有することは明らかである。
四 そこで、本件の準拠法について考察するに、本件は、申立人の母である無国籍人曹美津(当時中華民国人)と中華民国人である相手方との婚姻中に、右曹美津が分娩し、右曹美津と相手方との間の嫡出子として推定されている申立人が相手方との間に父子関係がないことを確認すること、すなわち、申立人が右曹美津と相手方との間の嫡出子でないことを確認することを求めるものであり、法例第一七条によると、子が嫡出であるか否かは、その出生の当時母の夫の属した国の法律によつてこれを定めることになつているので、本件申立人が嫡出であるか否かは、相手方が申立人の出生当時属する中華民国の民法によつて定まることになるといわなければならない。
中華民国民法第一〇六一条によれば、婚生子女(嫡出子)とは、婚姻関係中の受胎によつて生れた子女をいい、第一〇六二条第一項によれば、子女出生の日から遡り、第一八一日ないし第三〇二日までが受胎期間とされ、第一〇六三条第一項によれば妻の受胎が、婚姻関係存続中にあるときは、その生まれた子女は婚生子女(嫡出子)と推定され、かかる婚生子女(嫡出子)と推定される子については第一〇六三条第二項によりもし夫が受胎期間内に妻と同居しなかつたことを証明できる場合には否認の訴(出生を知つた日から一年以内に限る。)を提起できるのである。
したがつて、本件の場合、申立人は相手方との間に父子関係が存在しないことの確認を求めているのであるが、中華民国法第一〇六三条第二項により、本来相手方から、申立人が相手方の子であることを否認する嫡出否認の訴または調停を申し立てなければならないのである。しかしながら、家事審判法第二三条の合意に相当する審判は、調停委員会の調停において、当事者間において、その旨の審判を受ける合意があつた場合、その合意が正当であるかぎり、なされるものであるから、子から父に対し申立があつた場合でも、父がこれに応じてその旨の審判を受けることに合意するならば、合意に相当する審判をすることは差し支えないと解されるので、子からの父子関係不存在確認の申立が、子からの嫡出否認の申立に変更されて、子と父との間に合意があつた本件においては、その合意が正当である限り、嫡出否認の審判をなしうるのである。
そして、本件申立人は、右中華民国民法第一〇六三条第一項により、母曹美津と相手方との間の嫡出子であると推定されるのであるが、相手方は前記認定の如く、一九六二年(昭和三七年)一月右曹美津と事実上離婚し、以来全くその間に交渉がなく、申立人の受胎期間内に、相手方は、申立人の母曹美津との間に同棲交渉がなかつたことが明らかに認められるのであるから、右の嫡出推定は同条第二項の嫡出否認により排除されるものといわなければならない。しかも前記認定の如く、申立人の母曹美津は相手方と事実上離婚した後一九六二年(昭和三七年)六月頃から申立外張万洙と肉体関係を生じ、同人との間の子として申立人を懐胎し、分娩したのであつて、申立人は相手方の子でないといわなければならない。
よつて、申立人の本件申立は理由があり、当事者の合意は正当であるというべく、当裁判所は、調停委員金子喜蔵、同小野じようの意見を聴いたうえ、家事審判法第二三条第二項に則り、主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)